光寿堂 kojudo

佐野明弘さんの本の注文承ります

「南無阿弥陀仏のすくい」瓜生崇講述(光寿堂の本)

光寿堂の本を作りました。

本を読むのが苦手な方向きの薄い100円の本です。

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南無阿弥陀仏のすくい 

瓜生崇 講述

 

100円 送料別(5冊購入送料無料)
A5サイズ 32頁

50g
発行:光寿堂 
発刊:2017年8月1日

 

この本について:

 当冊子は、平成30年6月2日に真宗大谷派金沢教区光明寺さまにおいて開催された金沢教区第十一組次世代の会獲嘆講座のご法話です。

 このような場を開いてくださった金沢教区第十一組の皆さま、組門徒会の皆さま、次世代の会の皆さま、共に聴聞されたみなさまに心より感謝いたします。また発刊のお許しをくださったことに、厚く御礼申し上げます。

 

響流書房さんとコラボしていますので、電子書籍もあります。タイトルは違いますが、内容は同じです。

https://www.amazon.co.jp/無明の私に遇う-「歎異抄」第四条より-響流ブックレット-瓜生-崇-ebook/dp/B07G8MV3JX/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1535524321&sr=8-3&keywords=%E7%93%9C%E7%94%9F%E5%B4%87

歎異抄四条は「慈悲に聖道・浄土のかわりめあり」という言葉からはじまります。

聖道の慈悲とは、ものを「あわれみ、かなしみ、はぐくむ」とあります。人は人を救いたいと思い、お互いを思いやって通じ合わない心に苦しみます。そして、誰とも通じ合えず、生まれた意味を知らず、ひとりで生まれ、ひとりで死にゆく、「無明の私」に出遇うのです。

阿弥陀如来がすくうと誓うのは、その「無明の私」に他なりません。「南無阿弥陀仏」という声を聞くとき、最もすくわれなければならない「無明の私」が、呼ばれ続けていたことに目覚めるのです。

若手僧侶の法話を書き起こした、優しく明解な歎異抄の話。

瓜生 崇(うりう たかし)
1974年、東京生まれ。
電気通信大学中退。現在真宗大谷派玄照寺住職。
著書『さよなら親鸞会』など